私たちは誰もが「豊かになりたい」「お金持ち」になりたいと思っています。
私もその一人です。
そこで今日は『お金』について考えたいと思います。
これからのメッセージは私の考えです。
皆さんに「そうして下さい」と言うものではありません。
私は「お金」に対して、この様な考え方をしていると言うことです。
長い文章になってしまいましたので、お時間のある時にでもお付合いください。
私は「お金」は大好きです。
しかし、「お金」に執着心はありません。
でも「お金儲け」には興味があります。
「お金儲け」と言うよりも「お金を稼ぐ」と言う行為が好きです。
では、なぜ「お金を稼ぐこと」に興味があるかと言うことですが
「お金を稼ぐ」と言う行為には「自己成長」が必要だからです。
「自己成長」なくして「お金を稼ぐ」ことは出来ないと思うからです。
また「お金を稼いだ」と言うことは「人を喜ばせた結果」だと思うからです。
多くの人に夢と希望を与え、喜びを与えた結果だと思うからです。
要は「お金儲け」「お金を稼ぐ」と言う行為は
人に喜んでもらうために全力で自分の脳力を使う行為と比例するからです。
多くの収入を得たと言うことは多くの人を喜ばせたと言うことです。
そして、自分が成長したと言うことです。
ですから、この自己の成長と人を喜ばせるという行為がなければ
「お金を稼いだ」ということにはならないと思います。
これからも「お金を稼ぐ」という行為には執着していきたいと思います。
次に、なぜ「お金は好き」だけど「お金に執着がない」かと言うことです。
先ずは「お金」は好きな理由ですが
「お金」は人の夢を叶えるお手伝いが出来る道具だからです。
「お金」と言う道具があると人の夢の応援が出来ます。
しかし、人の夢の応援をするのに「お金」がなければ
出来ない訳ではありません。
自分の持っているものでお手伝いすることも可能です。
例えば、智恵を出す。
人を紹介する。
自分の持っている技術を提供する。
などなど、いくらでも応援する方法はあります。
ですから「お金は好き」ですが
どうしても「お金」が欲しいと言う訳ではありません。
「あれば、便利だ!」という程度かも知れません。
また私は、物は「借りれば良い」と言う考えです。
ですから、自分の自動車やマイホームは持っていません。
(以前は持っていましたが、今は手放しました)
自動車はレンタカーを利用した方が合理的ですし、
自分の住む家も持っていると税金やメンテナンスにお金が掛かります。
また、家は家族の歴史によって使い勝手が変化して来ます。
例えば、子供たちが育つ間は、庭のある大きな家だったり、
子供が学校に通うのに便利な場所だったりと
子供の生活に合わせるのが良いと思います。
しかし、子供が大きくなれば、お嫁さんの住む空間も必要になります。
また、更に歳を重ねて、二人だけで住むならば、
余り大きくない家が便利ですし、
セキュリティの面から考えると、
一戸建てよりマンションの方が良いかも知れません。
この様に、自分の住む家は家族の歴史と共に変化しますから、
その時、その時の状況に合った家に住むのが良いと思っています。
そうなると、持つよりも借りる方が便利かも知れません。
だからと言って、皆さんに「車を持つな!」「マイホームを持つな!」と
言っているのではありませんので誤解をなさらないで下さい。
※ 但し、投資としての不動産を持つことは私は賛成です。
何故なら、それらは「資産」となり担保能力を持ち、収益を生むからです。
また「お金」についてですが・・
「お金」は時間とともに劣化します。
「劣化」とは価値が下がると言うことです。
考えてみて下さい。
40年前の100万円と現在の100万円。
40年前には、100万円は驚くほどの大金でしたが
現在の100万円はいかがでしょうか?
例えば、私が小さかった頃には一円札とか五円札、
10円札がありました。
※ 若い方は見たことがないと思います。
当時、10円札を親からもらったら嬉しくて大喜びをしたものです。
しかし、現在、子供に10円をあげて喜ぶでしょうか?
この様に「お金の価値」は時間とともに下がってきます。
ですから「お金を貯める」ことは余り賢い方法とは思いません。
年金利が3%でも、物価上昇率が3%以上ならば
「お金の価値」は預けておけばおくほど下がると言うことです。
ましてや現在のように預けるのがゼロ金利で
政府の目標物価指数が2%の時には、
確実にお金の価値は目減りすると言うことです。
この様な状況でも日本人は、
なぜ預金や積立てに夢中になるのでしょうか。
この様な話をすると、多くの人は「老後が心配だから・・」と答えます。
私は『老後が心配だから、預金をしない』のです。
私は「お金」は「貯めるもの」ではなく「使うもの」だと思っています。
ですから「老後のために貯めるのではなく」
私の老後の面倒をみてくれる人が出来るように「お金」を使いたいと思います。
ですから「人に投資をする」のです。
「老後の面倒をみてくれる人」が一人でも現れれば、私の老後は安泰な訳です。
それを「子供だけに頼る」のではなく、多くの人を育てておれば
一人ぐらいは「私が面倒をみます」と言う人が現れると信じています。
ですから、こんなお爺さんなら「傍に居て欲しい」と思うような老人になろうと思っています。
そして「愛される老人」になろうと思います。
それが、老後の自分を守る最良の方法だと信じています。
お金の使い方についての面白いエピソードをご紹介しましょう。
私の住んでいた街で実際にあった話です。
二人の70歳代のおばあちゃんの話しです。
二人は当然ですが年金暮らしをしていました。
一人のおばあちゃんは若い時からしっかりと貯金をしていましたが
年金を受取るようなってからも、孫や子供にお小遣いをあげることもなく
また、子供から「お金を貸して欲しい」という申し出があっても断って
「何かあった時のために・・」と言って預金をしていました。
もう一人のおばあちゃんは、若い時から給料など、お金が入ると
子供や孫にお小遣いをあげたり、欲しいものを買ってあげたりと
大盤振る舞いをしていました。
年金を受取るようになってからも、その行為は変りませんでした。
この二人のおばあちゃん、
皆さんは、どちらが幸せな余生を送ったと思いますか?
預金をしていたおばあちゃんは、子供や孫から
「ケチンボ婆さん」「くそ婆」
「早く死ぬば、遺産が手に入るのに・・」などと陰口を叩かれ
80歳の誕生日を迎えることに亡くなりました。
一方、大盤振る舞いのお婆ちゃんに、子供や孫から
「お婆ちゃん、ありがとう」
「お婆ちゃん、大好きだよ」
「お婆ちゃん、何かお手伝いしようか?」
「お婆ちゃん、長生きしてね」などと慕われ
85歳を超えた今も、子供や孫に囲まれて明るく、楽しく過ごしています。
どちらのお婆ちゃんが「幸せ人生」なのでしょうか。
皆さんなら、どちらのお婆ちゃんの人生を送りたいと思いますか。
私は「お金」は「貯めるもの」ではなく「使うもの」だと思っています。
「お金」は使ってこそ価値が生まれると思います。
私は「お金」はありませんでしたが、海外の子供たちに支援をしていました。
今後も、出来る限り支援を続けたいとも思っています。
「なぜ、海外の子供たちなのですか?」と尋ねられますが
海外の子供たちに支援をすることが、日本の未来の子供たちを救うことになると信じているからです。
自分の老後と同じ考えです。
日本の未来の子供たちが困った時に海外の子供たちに助けて頂けるようにです。
私たちが今、未来の子供たちに残せる財産は「お金」ではなく
困った時に助けてくれる「友だち」をたくさんつくることではないでしょうか。
だから、世界中の子供たちに支援をして、
たくさんの友だちを残してあげることが
日本の子供たちへの一番の贈り物だと信じています。
しかし、その為には「お金」を産み出す必要があります。
「お金を殖やす」ことが必要となります。
その最も大切な考えが『資産を殖やす』と言う考えだと思います。
「お金を殖やす」のではなく「資産を殖やす」です。
次回はこの『資産を殖やす』と言うことについて考えたいと思います。
今日も最後までお付合いを頂き、ありがとうございました。
今日も素晴らしい一日となりますように・・
感謝 合掌